さすがに勉強しないとまずいので、今日は図書館で勉強です。午後から。。。。
夕方になって、ちょっと小腹がすいたので西安の宮廷餅を買って食べたら、眠くなってしまいました。いちおう、宿題と予習は終わりましたが、思ったほどはかどらなかった。。。。反省です。
2006-2007に北京で暮らしていました
さすがに勉強しないとまずいので、今日は図書館で勉強です。午後から。。。。
夕方になって、ちょっと小腹がすいたので西安の宮廷餅を買って食べたら、眠くなってしまいました。いちおう、宿題と予習は終わりましたが、思ったほどはかどらなかった。。。。反省です。
正直いいまして、北京ダックってのはお世辞にもうまいとはいえないと思います。1年滞在して、おいしいといわれる店はほぼ回りつくしました。
さいごに行ったのは「食は広州に在り」という言葉を作った 邱永漢氏のお勧めレストラン。学校からも遠くありません。北京の北、馬旬橋 madianqiao(旬の中身は田んぼの田)の東南、徳勝飯店にあります。http://www.dianping.com/shop/509635
店構えは、非常に庶民的な感じです。ホテルの付属レストランで、収容人員は多くありません。お客さんも微妙に少ない、、、、なのですが、ここの北京ダックは(北京ダックの中では)一級品でした。値段は最低レベル(68元/羽)ですが、高級店の大董より上だと思います。
余分な油が完全に抜けていて、皮はさくさくのパイ生地のようになっています。完璧な焼き上がりです。肉は、例によって味がしません(苦笑)
ほかの料理としては、ハトのローストが白眉の出来でした。ほかの料理の水準も平均以上でぶれがありません。むちゃくちゃおいしいというわけではありませんが、お値段からするとお値打ちだと思います。
ひとつ問題は、「これちょうだい」というと、「没有~」と涼しくスルーされることがあるくらいでしょうか?(笑)
しぬほど食べて、1人60元でした。さらに、同学のだんなさんにご馳走になってしまいました。東京で四川料理でお返しします(笑)
しかし、こんな辺鄙な場所の地味なレストランを推奨するとは、Qさん(邱さん)恐るべしです。
今朝はゆっくり寝たのですが、調子が上がりません。
まずは恒例の教材テープのとりこみをはじめます。 これだけで4時間。パソコンを起動しっぱなしなので、結果として勉強が進みません。さらに編集作業。きがついたら夕方でした。
夕方からは同学たちと食事会です。半分以上が帰国しているのですが、けっこうな人数があつまりました。
場所を変えて11時すぎまで。なんか勉強が進まずに終わった1日でした。まずい。
いつも見ている看板が たのしい内容に変わりました。そろそろ8月1日の南昌蜂起記念日も近いのです。人民解放軍は国の軍隊ではありません。党の軍隊です。新聞を見ていると、国軍化はしないという謎のメッセージが最近頻繁に見えます。 基本的には軍閥です。中国の歴史を学ぶと、ほとんどの王朝は内部崩壊しています。いまの毛王朝も内部崩壊が近いんじゃないかと思う次第です。
今日から夏休み班開始です。6時におきたのですが、体調がいまいちだったため朝の太極拳はお休みしました。
班分けの結果は、E2班という上級班でした。なんとか予定通りの内容をこなせそうです。教材は大学3年生の教材、1年で2年分をぶっ飛ばした計算です。もちろん、急ぎすぎたせいで足りない部分も多い。。。。
この班にいるのは8人、少なめですが来週から途中参加が入ります。もう一人いる日本人の年齢高めの同学がものすごくレベルが高くて、うらやましいです。社会人組みで、外見や発音の風格も日本人とは思えず相当の年月を費やしているようです。ところが、授業を開始したら二簡字を使っていて(文革時代に幻になった改定版の文字)、老師がのけぞっていました。もしかして元学生運動の革命戦士でしょうか。。。。くわばらくわばら。
担任(口語)老師は前の学期の速成班の閲読の老師です。若手実力第一位の先生なので、ラッキーでした。閲読の授業は普通班の老師。まあまあだと思います。閲読は10年くらい前の文章(人民日報)などが含まれていて、共産主義的な表現が多い難しい文章があったりします。
さて、面倒だけど、カセットテープのPC取り込みをはじめなければいけません。ほんと面倒。。。。。
やっと嵐が去った気分です。友人と兄が北京に来ていたのですが、なにしろ治安がよろしいとはいえない中国。スケジュールもタイトだったため、相当疲労しました。昨日、鏡をみたら、ばっちり目の下に隈が。昨日は学校でがんばる予定でしたが予定変更して家で休息。
今朝は早朝の太極拳の練習中にめまいが。どうも昨晩たべたものが辛い刺激物だったので体に影響しているようです。トイレにこもって、試験開始ぎりぎりにようやく気分が回復しました。
今日の班分け試験は口答試験だったため5分で終了。文章の朗読と、内容を再度話すというものでした。中級班はすでに終了しているので、上級班にいけるかどうか。。。問題は、5週間の班に上級班が組織できるだけの人が集まるかどうかです。前の学期の元同班同学は1人だけ。レベルの高い学生の数が集まっていない気がします。
明日から授業開始です。あさっては万里の長城にいくらしいですが、私はさすがに参加しません(笑) この1週間で2回も行ってるんですよ。
兄が中国の列車未体験だったため、列車の旅を企画することになりました。270km離れた石家荘まで列車で行き、正定の古城を見る計画です。正定は三国志の趙雲子龍のふるさとです。
最初はバスで行く予定だったのですが、なんか時間がかかりそうだったので、途中でタクシーに乗り換えました。タクシーのおにいちゃんはよさげな人だったので、チャーターを持ちかけてみたら、200元ということなのでお願いしました。微妙に高いかもしれませんが、これがあとで非常に良い結果になりました。
運ちゃんは、高速を使わずに裏道を突破して正定に向かいます。ふつうの距離は15kmだそうですが、裏道だと非常に早く着きました。河川敷の泥道を抜けたりして、途中には闇の料金所がありました(笑)
華北の雨季は7、8月だそうです。小さなダムでは親子連れが水遊びに興じています。ここは橋なのですが、いまは半分沈んでいます(笑)
そして、とつぜん城壁があらわれました。城壁はレンガが住民に持ち去られて土の土手になっていますが、門の部分だけは再建されています。ちょうどテレビ局がやってきて、「常山戦鼓」の撮影をしていました。タクシーで来てラッキーでした。
この段階で兄は「これが本物の”ジャーンジャーンジャーン”(三国志の銅鑼の擬音)だ!」と相当盛り上がっています。中国語の説明はこちら。
ちょっと訳すと 以下のようになります。
三国志の描写の中にある「空城の計」において司馬懿忠達を脅して退けた。しかしこの町に伝わる民間伝説「趙雲別伝」によれば「空城の計」の主役はほかでもなく趙雲子龍将軍である。彼は将兵による天地を揺るがす戦鼓の音によって司馬懿忠達の十万の兵を退けた。もともと趙雲の青少年時代に父と親戚一同で太鼓を楽しみ、劉備に馳せ参じて将軍となった後は常山戦鼓を兵士たちに授けた。戦場で威勢をあげて敵を倒すのに都合がよく、これをもって軍の威勢を示した。司馬懿が十万の大軍をもって城下に迫ったとき、城門が開け放たれたのを見て伏兵がいると誤解した。司馬懿がちょうど攻めるか否かを迷っているときに、趙雲の軍勢は突然耳をつんざくばかりの戦鼓を叩いた。この音はあたかも川や海をひっくり返す勢いで、また雷が轟くような勢いだった。司馬懿は驚き色を失い、あわてて軍勢を退却させる命令を出した。趙雲はさらに人馬を率いて戦鼓の響く中を突撃し、一気に曹操軍を数十里に渡って追撃した。司馬懿の十万の軍勢は武器甲冑をうち棄ててほうほうの体で逃げ出した。これがまさに常山趙雲子龍の英雄たる真骨頂であり、戦鼓をもちいて曹操軍を撃退した知略である。
動画で皆様に紹介です。ここをクリック> http://www.youtube.com/v/VOMMmGUy-nM
城内に入ると、昔風の町並みがありました。これは素敵。見る価値があります。この町でドラマ「紅楼夢」の撮影が行われたみたいです。ところが、ここで豪雨に見舞われました。我々はタクシーに乗ってて、さらにかさもあるので問題ありません。
隆興寺というお寺にきました。河北の4つの宝のひとつ、高さ22mの銅製の菩薩像があります。ここは曲阜の孔子廟にも匹敵する規模の大きなお寺です。大変見事なものでした。
次は本題の趙雲廟です。馬で坂を駆け下りる趙雲将軍がお出迎えです。ここは規模は小さいですが、三国志ファンにはお約束ですね。日本人はほとんどこないみたいです。
ここには80斤(40kg)の槍が展示してあります。趙雲が使ったといわれる重さと同じみたいです。とても持ち上がりませんでした(苦笑)
そのあと、城内にある仏閣などを参観します。これは開元寺の塔。いまでは本堂はなくなっており(文革?)、鐘と塔が残っています。なかなか見ごたえのある塔です。
これは天寧寺凌宵塔 唐の時代の建物で、高さ42mあり、上まで登れます。中は真っ暗で、ライトを借りて上ります。兄は大満足だったようです。
そして帰りは困ったことに、列車の切符の手配が出来ませんでした。朝到着すぐに切符売り場にならんだものの、手に入ったのは「無席」という立ち乗り。図らずも人民ツアーの恐ろしさを兄に知らしめることになりました。北京まで3時間、ぎちぎちの列車で旅行です。さらに乗客のマナーも最悪。疲れた。。。。
コメント欄でkuroさんに「アップ写真希望」されてしまいましたが、残念ながらありません。
今回は、動画撮影に注力してみました。そんなわけで、動画をご紹介いたします。
画像をうまく貼れないので、このリンクからご覧ください。
兄が北京にやってきた。
「とにかく怪しいところを」というリクエストだったので、北朝鮮レストランに突撃。今回は、麗都ホテルそばの「月香館」 。いつも行く場所と違って小規模なところ。
いってみると、ほかにお客がほとんどいません。大丈夫なんか?この店。我々のほかは入れ替わりで2組程度。ほんとうに今日はステージをやってくれるのか非常に不安になりました。
定刻を20分ほど過ぎて、演技が始まりました。演技はふつう40分ですが、今回は20分。時間的には物足りなかったものの、ホールは我々の貸切ということもあって目線がずっとこっちにくるというロキロキ度満点の20分でした。
食べてる場合じゃないよ!!!
さて、料理の解説です。
マテガイの炒め物。太極拳仲間の女の子がお気に入りでした。素朴においしい一皿です。
このつまんねえ一皿が30元もするの? とおもったら、これ、タラの芽でした。香りがよくて非常においしい。
てきとーに頼んだ魚だったのですが、これはハタハタでした。中の卵もぷりぷりです。味付けも日本と同じ。これ最高。
スペアリブのシュウマイ。これはおいしいけれど、インパクトはいまいちでした。ちょっと失敗。
海鮮チヂミ(奥)と、何かのスープです。このスープはメニューの先頭にのっている超豪華メニューで、200元もします。ちと高いと思ったのですが、中は海鮮や臓物やその他の手の込んだ材料が入っていました。高いのにも納得です。これもさっぱりしていておいしい。
このお店、過去2回いった玉流館よりも料理のレベルは一枚上です。ここの料理を食べると、韓国料理は食べれなくなるかも。。。。穏やかな味付けは日本料理に近いものがあります。
最後に、冷麺で〆ました。ここの平壌冷麺は、いままで食べた中で最高の味です。スープがしっかりしていて奥行きがあり、そこらの冷麺とはレベルが違います。
いっしょに頼んだ真っ白な咸興冷麺も、さっぱりしていて非常においしかったです。これは初めて食べました。
このお店、いつまでもつのでしょうか?早く行かないとつぶれる気がします。
北京から1日で行くには微妙だと思っていたのですが、滄州鉄獅子を見に行くことになりました。
発音を習っている滄州出身の女の子に尋ねたところ
「なんかおもしろいところある?」
「たぶん、ない」
ということでした。行ってみたら、ほんとうにありませんでした。
北京の南 趙公口の長距離バス停(まず、ここにいくのが大変)から、240km離れた滄州に向かいます。バスは清潔で快適でしたが、クーラーが死ぬほど効いてました。
滄州では、タクシーを3時間ほどチャーターして80元。値切ればもっと安いかもしれませんが、それほど暴利でもないので20kmはなれた鉄獅子に向かいます。幹線道路ぞい、旧州というバス停のある 東関というエリアです。
途中には、石油関係の会社の社宅や採掘の油田が見えます。そういえば先の女の子の両親は石油の仕事をしているそうです。渤海油田?
鉄獅子の展示場所につきました。旧城内で、いまは完全な農村です。
なかなか、でかいです。どっかの漫画の景色とほぼ同じですが、さすがに暇そうなおじさんたちはたむろしていません(笑)
すでに1000年が経過しているため、錆びて腐って抜け落ちている部分があります。
歴史資料館が併設されています。この鉄獅子は、旧城エリアが畑になってしまってから、畑の中に取り残され、何度も水害で水没したり、強風で倒れたりしているそうです。数十年も倒れたままのときもあったとか。いまでは高台に乗せていますが、過去の写真をみると一段低い場所にあります。
そして、武術の里らしく武術の名人たちの資料館と、武器展示室です。
馬鹿写真を撮ってみました(笑)
このおしろ、丸い城壁だったみたいです。中国の城というと四角というイメージがありましたが、固定観念が崩れました。
このあと、5元のイスラム風ラーメンをたべて、天津経由で帰りました。